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時の流れの中で

 今日は時の記念日です。僕は、その由来は知りませんが、思って見れば僕たちは時間に縛られて生きているような気がします。刻一刻と時を刻む時計の針に身を委ねていると言ってもいいかもしれません。時は金なりと言う言葉もあるほどです。時間から解放されて、一日の太陽の動きの中で、のどかに暮らしてみたい気がします。聖書には厳密な時間の概念はありません。初めから、つまり天地創造の時から、終わりの時まで、つまり神の国の完成の時までを僕たちに教え記しています。これは創世記に始まり、ヨハネの黙示録で終わります。

 

 

 一週間の働きを終え、休みの前の晩から僕は時間の束縛から解放されるような気がしています。休みの日の晩からは再び、また明日から仕事が始まると思うと少しばかり憂鬱な気分になります。仕事は神から与えられたものです。本来なら喜びを以って心勇ましく立ち向かう心があって然るべきかもしれません。しかし、決して仕事が嫌いだと言うのではありませんが、それが出来ないのが僕であり、そのように思う人も少なくはないと思います。時は6月、当地は梅雨入りしました。アジサイの花の似合う時期です。自然の営みの中で、自然を慈しみながら心の中に余裕を持てる暮らしがしてみたい思いです。

 

聖書の言葉

だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。<マタイによる福音書634

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