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私のもとに来なさい。

 七夕を過ぎました。母が入院中に食堂に七夕飾りがあり、食事の膳に短冊がのせてありました。僕は早速その短冊に、「早く家に戻ることが出来ます様に。」と記したのでした。その2週間後、母は天に召されました。思えばもう7年も前の話です。夕暮れ時、ヒグラシが鳴く時期になりました。母が天に召された日の夕暮れ時にも、ヒグラシが鳴いていた記憶があります。ヒグラシの鳴きは、一日の終わりを告げるようであると共に、僕にとっては母の生涯の終わりを告げるものでもあります。

 

 かつて七夕豪雨と言う大雨がありました。今年も九州地方は豪雨に見舞われています。被災された方も少なくはありません。救出作業も思うようには行かないようです。自然の営みに人は、なす術はありません。せめて思うことは、天気予報を見て天候が回復するようにと祈ることです。天気予報を恨めしく思っても仕方がありません。

 あと半月もすれば梅雨明けとなると思っています。そうすると今度は猛暑の時期になります。今年はどんな夏になるのか、畑の作物を見ながら少しばかり憂いています。

 

 心たけくたゆまざれ 人は変わり世は移れど主は御心なしたまわん

 備えたもう 主の道を 踏みてゆかん 一筋に <讃美歌494

 

 

 生きている限りこの先、どのような事態が待ち受けているか僕たちにはわかりません。将来を憂いて自らの命を絶った知人もいます。しかし、ことがどのような状況にあろうとも神は生きよと言われます。人生は苦です。このことはいつの時代も変わりのないことであると思います。心頭滅却すれば火もまた涼しと言う言葉があります。その時々に身に降りかかる苦を常とする強い心があれば、苦もまた人生の一齣として生きて行くことが出来るような気がします。しかし、それが出来ないのが人と言うものです。それでもなお、生きて行かなければなりません。そんな僕たちを神は、見捨てることはないのです。

 

 聖書の言葉

 すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。私は柔和で心の謙った者であるから、私のくびきを負うて、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。 私のくびきは負いやすく、私の荷は軽いからである。<マタイによる福音書11章28〜30>

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