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慰めあり

 日中は残暑の内にあっても、朝晩は涼しくなって来ました。夜鳴く虫の声も日増しに多くなっているようです。晩夏から初秋への趣の時期になり、畑から収穫する物も徐々に増えてゆきます。子供たちは長かった夏休みも終わり、また勉学に励む時期の始まりです。

 二学期を前にして、電話相談に学校へ行きたくないと言う相談が多いそうです。理由は虐めにあうからと言うものでした。学校では虐め防止の対策を講じているようですが、その甲斐もなく虐めは絶えません。僕は虐めを苦にして、自らの命を絶ったと言うニュースを聞くたびに胸が痛みます。僕自身、虐めにあった者の一人であるからです。この国の将来を担う子供が、自らの命を絶たなければならないほどの思いをしていたと思うといたたまりません。僕は子供のころ、母親から「自分より弱いものを虐めるな。」とこんこんと言って聞かされていました。

 今の時代の虐めは、自らの欲求不満を弱いものに向けているように思われます。背景には、性格を形成する生い立ちがありますし、親の躾もあると思います。一番たちが悪いのが、羊の皮を被った狼です。複雑な社会の中で、虐める者を悪いと言い切ることは出来ないかもしれません。もちろん虐めを肯定するわけではありません。

 弱いものを虐めて何の価値があるのでしょうか。価値などある筈がありません。虐めを見つけて対処するよりも、虐めを起こさない社会を作ることです。道徳教育が遠ざかっている昨今です。それには大人が変わらなければなりません。親が変わらなければなりません。僕は復古主義者ではありませんが、温故知新と言う様に過去に学ぶべきものがあると思います。虐められた者を見て慰めと励ましを与えること。虐める者を見て、それは間違っていると断言すること。これらの勇気を神が与えて下さることを願ってやみません。

 

 

聖書の言葉

 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」というようにならない前に、また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。
 その日になると、家を守る者は震え、力ある人はかがみ、ひきこなす女は少ないために休み、窓からのぞく者の目はかすみ、町の門は閉ざされる。その時ひきこなす音は低くなり、人は鳥の声によって起きあがり、歌の娘たちは皆、低くされる。
 彼らはまた高いものを恐れる。恐ろしいものが道にあり、あめんどうは花咲き、いなごはその身をひきずり歩き、その欲望は衰え、人が永遠の家に行こうとするので、泣く人が、ちまたを歩きまわる。

 その後、銀のひもは切れ、金の皿は砕け、水がめは泉のかたわらで破れ、車は井戸のかたわらで砕ける。ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。伝道者は言う、「空の空、いっさいは空である」と。<コヘレトの言葉12章1〜8節>

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