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新しい時代

 この先は暫くすっきりしないと言う天気予報です。これからの雨は、一雨ごとに寒さが募ってゆきます。これも神が定められた知の法則、寒さにさえ感謝を以て受け止めたいと思います。しかし、この時期にならなければ出回らないものがあります。僕にとっては嬉しい限りのことですが、スーパーの店頭には、ありとあらゆる秋の果物が並んでいます。果物好きの僕にとっては、たまらない時期の訪れです。収穫の秋に感謝を捧げます。

 

 衆議院が解散し、街頭では選挙の街宣車が熱弁を奮っています。どうして今の時期に解散なのかと疑問を持たれた国民が多いようですが、僕もその一人です。解散すると党派の分裂、聞いたこともない党派が出現。真剣に、この国の将来を考えている議員がどれだけいるのだろうと疑問を持たざるを得ません。国民に負担を求めるより、自らの姿勢を正せと言いたい気分です。権力争いは、今の時代に始まったことではありません。古今東西、古の昔から続いている人の世の定めとでも言うのでしょうか。

 

 

 僕が幼かったころ、漫才師が「地位も名誉もいらないが、わたしゃもう少し背が欲しい。」と言って茶の間をわかせたものです。僕も地位にも名誉にも価値を感じません。選挙の時は熱弁を奮いながら、当選すると手に平を返した様に、あたかも特権を得たかの様に振る舞うのが、議員の正体であるかの様に冷めた目で見ている僕です。党派同士で重箱の隅をつつく様な演説は聞きたくありません。これではこの国の将来はないと思います。次々と変わる政権より、安定した長期政権を求めます。議員は、国民あっての議員であるということを認識すべきです。この国の議員は国民の代表として、国民に仕えるべきであるのです。

 

 イエス・キリストは、神の身分でありながら、自らのためには何一つ良きことをなされませんでした。生涯の全てを通して謙り、世の中から弾き出された人々、世の中の底辺に身を隠すかのようにして暮らしている人々、虐げられた人々のために働かれました。トップリーダーの時代は終焉を迎えています。これからの時代に求められるのは、サーバントリーダーです。22日には新しい政権の見通しがつきます。いわば新しく始まるこの国の時代を支えてくれる党派が政権をとることができるでしょうか。

 

聖書の言葉

 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。<フィリピの信徒への手紙268

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