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見ないで信じる

 今月も訳なく終わり、もう11月です。まさに月日の流れは、光陰矢の如しです。自然界の循環は、とどまることなく巡ります。家の庭先では、鉢植えのリンドウの花が満開になりました。野生のものを採ってきたものです。僕が幼いころには、どこにもあったリンドウですが、今に至っては希少種です。この地域では絶滅危惧種かもれません。秋の七草も少なくなりました。自然は病んでいます。その根源は、僕たち人類にあります。その僕たちも現代社会の中で病んでいるのです。健全な心を取り戻すには、神に立ち返るしか方法はないと思います。しかし、そうできる人は少ないのです。神に従うより、自由気ままに、自己中心に生きる方が楽で楽しいからです。神の愛に触れる喜びを一人でも多くの人に伝えたい。これが僕の思いです。

 

 

 神を信じたからと言って、病気が治るわけではありません。苦がなくなるわけではありません。しかし、神を信じた瞬間から、それ以上のものが心のうちに湧き出るのです。僕は神の救いを幾度となく経験してきました。それは苦悩のどん底にあるときでした。僕がそう思っているだけだと思う方もおられるかも知れません。しかし、その救いと思うことによって、僕は立ちなおる方向が見えてきたのです。神がその方向を示してくださったのだと確信しています。それがなければ僕はもしかしたら生ける屍と化していたかもしれません。その後、僕は牧師への道を選びました。それは、僕たちの信じる神の素晴らしさを伝えたいためでした。しかし、厳しい現実です。目に見えるものをも信じられないこの社会の中で、ましてや目に見えない神を信じると言うことは、無理とは言わないにしても困難なことでしょう。イエス・キリストは言いました。「あなたは見たから信じるのか。見ないで信じる者は幸いである。」と。

 

聖書の言葉

それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」

<ヨハネによる福音書 20 27

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