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神を仰ぐ

 厳冬の中にあっても、今日は節分、明日は立春です。立春と言いながらも、来週にはまた強烈な寒波がやって来ると言う天気予報。しかし、春はそう遠くはありません。今週は、皆既月食がありました。運よく見ることが出来ました。天文や気象に関することは、人知の及ぶところではありません。月食を見ながら、森羅万象を完成された神に思いを寄せた僕です。壮大な神の御業の中にありながら、僕たちは神を見上げないで、自らの足元だけを見ているような気がします。

そのために苦労を重ねながら、重箱の隅を楊枝でつつく様な日々を送っているのです。信仰を与えられながらも、与えられた神のことを忘れてしまっているが故に神の救いの御業をも空しいものと化してしまいます。そして自分の人生をも空しくしてしまっているのです。神によって選ばれ、信仰を与えられたものとしての歩みは、神と共に歩む歩みです。苦悩の中にあっても決して神は僕たちを見捨てられることはありません。生きるにしても、死ぬにしても僕たちの体は、僕たちのものではなく神のものであると聖書は教えています。全てのものを無から想像された方、神に心を開き、聖霊の導きによって歩む人生は、この上ない祝福を受けているのです。

 

 

自らの力によって生きようとする時、その先は行き詰まりが待ち受けています。これはサタンの願うところです。折を得ても得なくても、全てを神の御手に委ねる人生には、サタンの入り込む余地はありません。自分の足元を見つめながら歩む人生から、神の約束された未来への壮大な約束を確信する歩みへと方向転換する時はすでに到来しています。神の指し示された道を、神を仰ぎながら歩む人生でありたいと思います。

 

ハイデルベルグ信仰問答

問1 生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。

 

答え わたしがわたし自身のものではなく、 体も魂も、生きるにも死ぬにも、わたしの真実な救い主イエス・キリストのものであることです。この方は御自分の尊い血をもってわたしのすべての罪を完全に償い、悪魔のあらゆる力からわたしを解放してくださいました。また、天にいますわたしの父の御旨でなければ 、髪の毛一本も落ちることができないほどに、わたしを守っていてくださいます。実に万事がわたしの救いのために働くのです。そうしてまた、御自身の聖霊によりわたしに永遠の命を保証し、今から後この方のために生きることを心から喜びまたそれにふさわしくなるように、整えてもくださるのです。

 

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