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希望に向かって

 厳寒の昨今、そんな中で一昨日、名古屋で梅の開花があったと報じられていました。あたたかな知らせです。身近を見渡してみれば、花壇に植えたチューリップが芽を出しています。

遠かった春の訪れは、もう身近なところに迫って来ているようです。あとひと月もすれば光がさんざめく春になると、その日を待ち望んでいます。待つと言う事は忍耐のいることです。

この寒い時期も、人に与えられた忍耐の時、試練の時かもしれません。これに打ち勝つ者は、希望を得るのです。この時期どのように過ごしても、誰にも同じように春は訪れます。しかし、忍耐と試練の時を堪えて迎える春には、希望と大きな喜びがあるのです。

 

 

 聖書は、ローマの信徒への手紙の中で、「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。 
それは患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。」と教えています。

患難、忍耐、練られた品性、希望、失望に終わらない希望、物事は、時間も掛けず、簡単には、出来ないことを、この聖書の言葉は、僕たちに教えているのです。何事も、積み重ねと継続によって完成し、良い結果が出るのです。ローマは一日にて成らずなのです。物事は、段階を踏み、時間を掛け積み上げることで出来上がるのです。

    

忍耐をせざる得ない試練を逆手にとって、自分自身の殻を破って脱皮し、大きく変わるチャンスにする力となってくださるのが、イエスなのです。その試練の中を、目標の実現を信じて、コツコツとその歩みを、忍耐強く、繰り返し継続していると、今までの自分から脱皮し一皮むけた、逞しく、洗練された新しい自分に成長するのです。

 

 聖書の言葉

 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼を張って上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。<旧約聖書イザヤ書4031

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