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神の御業

 少しづつながら春の兆しが目に見えるようになってきました。イヌノフグリの花が咲き、庭の片隅を見るとスイセンが芽を出しています。あとひと月もしないうちにサクラの便りも聞かれるようになります。耐え忍んだ冬の寒さから解き放たれる時は、もうそう遠くはありません。忍耐して待つことの先には、この上ない喜びが控えているのです。人の生きざまにしてもそうです。「艱難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出すことを知っている。」と聖書は教えています。そして希望は失望に終わることはないのです。僕が今までの人生で一番辛かった時にさえ、神は希望を与えてくださいました。そして希望は現実となったのです。神が共に歩み、時に僕を担ってくださり、「私は、あなたを見捨てない。」と語りかけてくれたのです。

 

イエスの受けた受難に比べれば、僕の経験した辛さなどは取るにも足りぬものです。イエスの受難は、人類救済のために神が定められた道でありました。それは、イエスを信じる者が、一人として滅びることなく、永遠の命を得る為であったのです。十字架にかけられたイエスは、死後、3日目に甦られました。そして僕たちに永遠の命を約束されたのです。今、僕たちの希望は、復活と永遠の命に与ることです。これは神が約束さえた未来への約束です。

 

 

聖書の言葉

天の下では、何事にも定まった時があり、
すべての営みには時がある。

生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、
植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、
石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、
抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、
縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
働く者は労苦して何の益を得よう。
私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
神はまた、人の心に永遠を与えられた。
しかし人は、神に行われる御業を、
初めから終わりまで見きわめることができない。

<旧約聖書:コヘレトの言葉3111

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