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実を結ぶ

 3月となりました。今月末あたりには、桜の花が咲くはずです。僕はその時を今から待ち望んでいます。僕は桜の花が好きで、メールアドレスもポルトガル語で桜を意味するcerejeira(セレジェイラ)にしています。桜の花の思いで深いのは、神学校の卒業式に見た上野公園の桜です。これがあの有名な上野公園の桜なのかと。あれから8年が過ぎました。今思いも新たに僕は、神学校で学んだことの復習を初めています。春は、別れの時でもあり、出会いの時、新しい出発の時でもあります。また、命が野に地に満ち溢れるときです。昨年の6月、紅梅の実を見つけ家に持ち帰りました。早速、植木鉢に埋めて今に至っています。果たしてこの種の中の命が、この厳しかった冬を乗り越えてくれたかどうかが心配です。

 

 

 実は枝から離れ地に落ちて芽を出すのが通常です。しかし、枝は木につながっていなければ生きてゆくことはできません。そして木は、その幹をしっかりとした地に根を張っていなければ倒れてしまいます。イエスは、「私はブドウの木、あなた方はその枝である。」と語られました。僕たちは、イエスと言う木の枝であるのです。そして枝は実を結びます。僕たちはイエスから与えられた養分を糧に、実を結ばなければならないのです。実を結ぶためには、花を咲かせなければなりません。しかし、咲いた花がすべて実を結ぶかと言えばそうではありません。例え実を結んだとしても、成長の途中で落果してしまう実もあります。僕たちは日々、命の御言葉を糧に良い実を結ぶことに精進し、その結んだ実によって、イエスの名が褒め称えられる結果を生み出すのです。

 

聖書の言葉

 わたしはぶどうの木で、あなたがたが枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。<ヨハネによる福音書155

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