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父の思い

 早くも6月。梅雨入りも近い事と思います。僕が幼いころの梅雨の時期は、風情があったように思います。毎日の様にしとしとと降る雨、そしてアジサイの花が咲き、その葉にはカタツムリが這っていた様子が思い浮かばれます。もう50年も前の話です。気候は確かに変化してきています。思ってみれば、カタツムリの姿を最後に見たのはいつの日か記憶にありません。自然は環境に左右されます。環境を変えるのは人の業です。変わってしまった環境を元に戻すことはできないと言っても間違いではないと思います。ただ、これ以上に環境が変わらないように自然の営みを保つことが、将来を担う者に対する僕たちの責任であると思います。様々なものの進歩によって、快適な暮らしができるようになりました。便利なことがよいかと言えば、それは間違いではありません。しかし、その裏側で起こっていることを知らなければならないのです。電気は便利なものです。今の生活に無くてはならなくなっています。その電気を発電するために何が使われているのでしょうか。水力、火力、原子力、そして風力、地熱があります。これ以上、自然環境を変えないためには、自然からエネルギーを得ることが一番の得策です。

 

 

神はこの世を見て、忍耐されていると思います。森羅万象は神が創造されたものです。そして僕たち人も神によって創造され、イエス・キリストを信じる信仰により、神の子とされたのです。そして神を父と呼ぶことが許されました。父が創造されたものを、子が破壊しているのです。人の世の話だとしたら、父は子に向かい激怒することであると思います。旧約聖書の時代、神は人の罪の故に何度となく人を打たれました。罪とは神の存在を忘れ、人が独り歩きをする状態です。また、神に背を向け自らを神とすることです。明日から始まる新しい週に、神の思いを今一度思い起こし、今僕たちが出来ることは何かを考えてゆきたいと思います。

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