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悠久の時

 この先1週間は、どうも梅雨らしい天候になる予報でした。僕の家の裏にこの時期の花、ササユリが咲き、芳しい香りを放っています。僕が子供のころには、山に行けばどこにでも見ることが出来たササユリです。しかし近年では、数が減少し希少種となってしまったようです。もしかしたら絶滅危惧種かも知れません。僕はササユリの種を採り、プランターに蒔いて育てていますが、花をつけるのはまだまだ先のこと、芽が出てから花が咲くまでに、おおよそ10年はかかると聞いています。野生の植物には美しいものが少な時からずありますが、その中でもササユリは、その最たるものだと思っています。因みにササユリの語源は、その葉が、ササの葉に似ているからです。

 

 

 

 今年も春夏秋冬の営みの中で、梅雨の時期をむかえました。これは、神が天地創造をされた時から変わりなく続いてきたものです。悠久の時の流れに思いを馳せます。その時の流れの中で、僕たちの地上での人生は本の一齣でしかありません。しかし僕たちには、神が約束された死からの復活と永遠の命が約束されているのです。ですから僕たちは、何があっても天を見上げ落胆しません。この世の憂い悩み、そして苦しみは、そのあとに約束されたものに比べれば、些細なことだからです。神から与えられた今この時、そして明日を望み流れ生きるのです。時間とは、漢字では、時の間と書きます。その時とは、刻々と刻まれる時計の時ではなく、天地創造の時から始まる時であり、神の国の完成の時までです。その悠久の時の間に僕たちの人生はあるのです。また始まる新しい週に感謝ををもって生きてゆきたいと思います。

 

聖書の言葉

あなたがたのうち、だれが思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の花でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。<マタイによる福音書62730節>

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