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平和を思う

 夕暮れが早くなってきました。振り返れば立秋を過ぎています。この酷暑の中にあっても秋の気配がその背面で動き始めているのかもしれません。今日は宵になって雨が降り始めました。明日の天気予報も高い確率で雨です。僕の畑は乾ききっています。恵みの雨となるとよいのですが。時は巡り巡ります。あの戦争の時代にもサルスベリが花を咲かせていたのかと思いを馳せます。しかし心穏やかに花を愛でるような時代ではなかったことと思います。8月は平和について考えさせられる月です。広島、長崎への原子爆弾の投下、そして終戦。815日を敗戦の日と言う考えを持つ人も少なからずいますが、僕は終戦でよいと思います。僕は戦争を知らない時代のひとりですが、あの惨状を勝ち負けで表現することには抵抗があります。

 

 

 僕の伯父は憲兵であったため、本国に引き揚げた時も船から降りることを許されず、そのまま巣鴨プリズンに送られました。裁判では運よく無罪とされました。同僚には再度南方へ送還された人も多くあったそうです。C級戦犯とされた伯父は、公職追放令により職業の選択もままならなかったと言っていました。戦中は憲兵、一夜明ければ戦犯です。世の中の価値観が180度変わったのです。敵のスパイと言われていた牧師の子供が、英雄にとって変わったと記した記事を新聞で読んだ記憶があります。戦争は聞くだけで十分です。しかし今の世が平和であるかと言えば、決してそうではありません。世界に目を向ければ民族紛争、無差別殺人、テロが各地で絶えない状況です。その被害者は、何の罪もない人々です。パレスチナ問題などは永遠に解決の道は開けないと思います。核開発を続ける国も少なくはありません。人はどこまで平和を望み、またどこまで残虐であるのでしょうか。

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