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神を仰いで生きる

 先の台風19号、20号共に当地では何の被害もなく過ぎ去りました。片田舎の小さな街。何と言って際立つものはありませんが、幸いなことに天災に見舞われることは少ない街です。この度も被災された方々には、お見舞いを申し上げます。今は、あまり耳にしませんが、天災は忘れたころにやって来ると言う言葉がありました。僕の街も、のほほんとしてはいられないのかもしれません。

 ススキの穂が出始まました。コスモスの花が咲き始めました。日没が早くなり、夜明けも遅くなってきました。秋の訪れが目に見える形になりました。この厳しい残暑の中にあっても自然は時を知っています。神のなさることは、その時にかなって美しいと聖書は教えています。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、秋分の日まで、一か月です。残り少なくなった今年の夏を、暑さを避けて何もしないのではなく、今できることを、今しておきたいと思います。それが毎日の暮らしです。それも神の栄光を表すためです。僕たちが生きているのは、それは神の為だからです。神は万物の造り主、地の果ての創造者です。あえて言えば、僕たちの信じる神は、神と呼ぶより創造主と言う方が正しいのかもしれません。信仰とは、信じ仰ぐと書きます。これは宗教一般的に使われる言葉です。しかし、僕は言いたいのです。僕たちの信仰は、神を仰ぐと書く神仰です。僕が一人でいくら喘いでも、神仰と言う言葉が世に認められ、辞書に載ることはないでしょう。上を向いて歩こうと言う歌があります。上とは天を指します。天は神の御座です。転びはしないかと、自分の足元ばかりに気を取られて生きるより、たとえ転んでも上を、天を見つめて歩む人生でありたいと思います。

 

 

 

聖書の言葉

主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼を張って上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。<イザヤ書402831

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