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ホームレス

 秋も深まり、夜鳴く虫の声もいつも間にか、わずかになってきたこの頃、時に朝晩の冷え込みに確実な時の移ろいを感じている僕です。僕の学んでいる生け花教室の隣に公園があり、そこには何人かのホームレスと呼ばれる方が住まいを構えています。住まいと言っても段ボール箱をシートで囲い雨露をしのげる程度のものです。段ボールや古新聞、空き缶などを集めて売り、収入を得ているように見受けました。この方々は、住まいはありますからハウスレスではありません。どう言う経緯でこのような生活をしているのかは、僕が知る由もありません。神学校の卒業式に行ったとき、上野公園でもこのような方々を見受けました。経済大国と言われるこの国の中でも、その日一日の命を繋ぐことに精一杯生きておられることを思うと、僕の生活の不自由など比較になりません。ホームレスとは、家があっても家庭の中に居場所がない。家が安らぎの場所ではないと言うことができるかと思います。そういう意味では、ホームレスと呼ばれる方々は、公園で段ボールの住まいに暮らしている人だけに限らないのではないでしょうか。家庭に喜びのない方々は数知れないと思います。これからの時期、クリスマスを迎え新年を迎えます。来月には用意されるアドベントクランツのロウソクの小さな灯の中に、安らぎと喜びを感じて頂きたいと思います。

 

 

聖書の言葉

夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。キリストがそうなさったのは、水で洗うことにより、言葉によって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会を、ご自分に迎えるためである。
 
 それと同じく、夫も自分の妻を、自分の体のように愛さねばならない。自分の妻を愛する者は、自分自身を愛するのである。自分自身を憎んだ者は、いまだかつて、ひとりもいない。かえって、キリストが教会になさったようにして、おのれを育て養うのが常である。私たちは、キリストのからだの肢体なのである。

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