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フットプリンツ
 以前に僕が通っていた教会の牧師から送られてきたクリスマスカードに書かれた詩です。僕はこの詩を通して、一人ではないことを確信しました。主が共にいてくださる。何にも勝る励ましの言葉です。

フットプリンツ(足跡)

ある夜、私は夢を見た。
私は、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上に二人の足跡が残されていた。
一つは私の足跡、もう一つは主の足跡であった。

これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、私は、砂の上の足跡に目を留めた。
そこには一つの足跡しかなかった。私の人生で一番辛く悲しい時だった。

この事がいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ねした。

「主よ。私があなたに従うと決心したとき、あなたは、すべての道において、
私とともに歩み、私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生の一番辛い時、一人の足跡しかなかったのです。
一番あなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、私を捨てられたのか、
私にはわかりません。」

主は、ささやかれた

「わたしの大切な子よ。わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みの時に、
足跡が一つだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。」

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今年も咲きました。

 今年も咲きました。ササユリの花です。でも今年は、多くの株が開花直前にイノシシに球根ごとあらされてしまったのです。その難を逃れたうちの一輪のササユリです。僕が子供のころは、抱えるほどのササユリを採って家に帰ったこともあります。

















僕の好きな賛美歌 512番です。 谷の百合キリスト教会の名は、この賛美歌に因みました。

我がたましいの慕いまつる、イエス 君のうるわしさよ
明日の星か 谷の百合か 何になぞらえて歌わん
悩めるときの 我が慰め 寂しき日の 我が友
君は谷の百合 明日の星 うつし世に たぐいもなし

身の煩いも 世の憂いも 我と共に分かちつつ
誘う者の 深きたくみ 破りたもう嬉しさよ 
人はすつれど 君は捨てず み恵みは いやまさらん
君は谷の百合 明日の星 うつし世に たぐいもなし
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神を仰ぐ。
 山浦先生と最初にお会いしたのは、浜松市にある遠州教会の家庭集会でのことでもう25年くらい前になります。小羊学園という障害者児童の施設の理事長を務めておられました。明子夫人と共に私財を投じて学園を設立されたと聞いています。
 
 温厚な人柄が表情に滲み出ているように見られました。この山浦先生の著書に小羊学園の機関紙、つのぶえの冒頭の記事をまとめられたものがあります。この子らは栄光を異にす:この子らからの贈り物:この子らに愛を教えられて。この3冊の本は学園の中での出来事等が中心です。そして主人公となるのはそのほとんどが学園の子供達です。

 たいていの人は、私財を投じて学園を設立し、有名になり・・・そして本を出版となるとおそらく自らの地位や名誉を仄めかしたり、自慢話、苦労話をしたためるのではなかろうかと思います。なくなられる時も残された日々を整理し、明子夫人に後のことを依頼し、葬儀については、ひとりの信仰者としての葬儀であるようにと。

 同じ神に信仰を持ちながら僕とは違いすぎることを感じずにはいられない。
信仰とは、神を仰いで生きること・信仰は神仰です。神を仰ぐとき自らの愚かさがわかってくる。
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笑顔を与えてくれる
  先日、またまた野球観戦に行ってきました。今回は名古屋ドームで、中日と埼玉西武の試合です。いつも開場時間に合わせて、早めに行くようにしています。選手たちの練習風景を見ることが出来るからです。
 まだ観客も多くはなく、最前列のネットのところに行き、練習を見ていたのですが、気がつくと周囲の女の子たちは、色紙とペンを持ってネットの隙間から前に出しているのです。そうしたところへ中島選手が来て一枚一枚、色紙にサインをはじめました。中島選手はファンサービスを大切にする選手だと言うことを最近知ったばかりでした。その姿に感動しました。サインをもらった女の子はま満顔の微笑みです。見てる僕も嬉しくなってしまいました。







至近距離で写真を一枚!
等身大の中島選手を見ました。
 人を楽しませてくれる職業はたくさんあると思います。漫才とか落語もそうですよね。ただ、今の若い芸人の漫才を僕は好みませんが、5年ほど前までは近くの芝居小屋で落語の公演があり、何度か聞きに行きました。聞いた後は、あぁ〜面白かった〜〜とニコニコ気分で家に帰ったものです。

 いつまでのこの気持ちを継続できたら、楽しい人生になるのかも知れませんね。聖書は、いつも喜んでいなさいと教えています。・・・そんなのできっこないよ! と聞こえてきそうですね。いつも怒っていなさいと言われたらどうでしょうね。怒るネタも尽きますよ。きっと!。
悲しんでいる人は、慰めがあることを喜びましょう。悩みに沈んでいる人は、必ず克服できることを喜びましょう。
いつも喜んでいなさい。喜びは人生を豊かにしてくれます。このことを確信して今日を生きてゆきましょう。
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家族
 6月のなり日差しや吹き渡る風には、初夏を感じられるようになってきたと思っています。・・梅雨入りは少し遅れるとか。
野いちごの採れる時期、ササユリが咲く時期になってきました。
春に植えつけたジャガイモ畑は、今までに2回イノシシに荒らされましたが、ついに一昨日また荒らされ、ついに全損です。わずかに残っていた種芋を新たに植え付けましたが、収穫できるかどうかはわかりません。イチゴはタヌキに食べられてしまいました。・・・・くやしいの一言に尽きます。

 母が入院して一ヶ月がたちました。やはり家族全員がそろっていない食卓は寂しいものですね。時間は少し遅くなりますが、出来る限り面会時間内に病室に行き、母の様子を見て帰るのが日課のようになました。僕は母と妹の三人家族なので、ひとりひとりの存在は大変大きなものです。

新約聖書の中の、コロサイ人への手紙には、家族の関係についてこのよう記されています。


妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に仕えなさい。夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当ってはいけない。
子供たち、どんなことについても両親に従いなさい。それは主に喜ばれることです。父親たち、子供をいらだたせてはならない。いじけるといけないからです。


すべての家庭を主が祝福されますように。
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